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Posted by 花乃(かの)
          
         
        
        
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LOVE SONGのひと 19話(最終話)
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」「13話」「14話」「15話」
     「16話」「17話」「18話」




雅治の腕の中で気を失ってから
次に目を覚ましたのは
薄い珊瑚色のカーテンで仕切られた、ひんやりとした夜の病院だった。

点滴の管が伸びる左手の内側に
見覚えのない注射の痕が幾つもあった。

月と星の明かりだけが差し込む病室は
しんと静まりかえり
空調の音だけが時々歪んで聞こえた。

無意識に腹部を触る。
変わらぬ温かさと膨らみが指に伝わった。
安堵の溜息が溢れる。

やがて看護士が現れ
ここで4日も眠り続けていたと聞かされた。
未だ不安定な状態なので
暫くは入院していた方がいいとも。

「旦那さま、食堂にいらっしゃるのよ。
 すぐに呼んで来ますね」

血圧を計り終わると
看護士はすぐに病室を出て行った。


頬を触り、髪をかきあげる。
首筋を探る。
自分の指だけが、不思議に冷たかった。

身体中の血や水分が、全部流れ染み出るような
今まで味わったことのないだるさを感じた。
深く深く吸って吐く、そんな呼吸を繰り返す。

サイドテーブルに視線をやる。
智久の所から持って出たバッグが置いてある。
パイプ椅子が折り畳まれ、その横に立てかけてあった。

足音がした。
病室のスライドドアが静かに動く。
ナースステーションの話し声が、途切れ途切れに聞こえた。

ドアが再び閉められると
床と擦れる靴の甲高い足音だけが耳に届いた。
カーテンにシルエットが映る。

「汐さん」

智久の声だった。
襟足が少しはねた髪型と肩のラインが
珊瑚色の布にぼんやりと浮かんでいる。

心が、穏やかにさざめく。

一歩だけ前に進み
智久はじっと私の返事を待っていた。

下を向いて、両手をポケットに入れたまま
もう一度私の名前を呼んだ。

「汐さん」

シーツの端を掴んで起き上がろうとしたが
どうしても身体に力が入らない。
智久と叫びたい想いを呑み込んだ。

「入って」

カーテンの隙間に指がかかり
レールを動かすことなく静かに智久が現れた。
パイプ椅子を手際良く開き、そっと枕元に座る。

「気分どう?」
「うん、だるいよ。凄くだるい」
 
私は目を閉じた。

暫く2人とも無言のまま
いったいどれくらいの時間が経っただろう。

遠くに聞こえるサイレンの音。
時々組み替える智久の足が、その度にベッドに触る。

手を伸ばした。
智久まで手を伸ばした。

痺れた指先に、智久の温もりが伝わる。
優しく手を掴まれた。

「ごめん。俺、旦那さんに連絡した」

哀しい顔で私を見つめる。

「こうした方がいいって思った。
 汐さんのためにも。赤ちゃんのためにも」

言葉を選ぶようにゆっくりと
くぐもる声が響く。
智久は椅子をベッドに引き寄せながら
私の掌に、自分の掌を重ねた。

「旦那さんから、汐さんの手紙を見せてもらった」

智久が、ベッドの端に視線を落とした。

「“私はもう、幸せになりたいとは思ってません”
 って、何だよあれ」

「汐さんにそんなこと言わせてるんだって、すげー凹んだ」
うつむいたままで、智久は続けた。

「俺、汐さんを旦那さんの所に帰さなきゃ…」

言葉を詰まらせた後。
智久の前髪の先に、涙の粒がポタリと音を立てて落ちた。

真っ白なシーツに一つ。
そして、二つ。
智久の涙が染み広がる。

「ホントは、迷ってる。
 いつか、ちゃんと2人を受けとめられるまで
 待ってて欲しいって思ってたし」

「汐さん、俺、いつまでも一緒にいようって
 3年前みたいに、毎日毎日言いたかったよ。
 朝起きておはようって言った後とか
 汐さんがいってらっしゃいって言った後とか。
 おかえりなさいの後にも
 おやすみの後にも、ずっと言いたかった」

「俺、怖かった。仕事の事とか、色々。
 色んなこと、考えた」

今度は、私の方を真っ直ぐに向いた。
淋しい笑顔に、止まらない涙を見せて。

智久の涙を押さえるように、そっと頬に手を添えた。

「お母さんになっていく汐さん、すげー綺麗だよ。
 だんだん、俺のものじゃなくなってく感じがしてた」

「すげー綺麗だよ」

智久の想い。
私の想い。

深い海の底を漂い泳ぐように
私たちは上手に息もできなかった。

しっかり進もうとすればするほど
しらない間に沖に流されていた。

水をかく方法も、足の動かし方も
ずっと間違ったまま。

「イツマデモ、イッショニイタイ」

小さくかすれて、声が震える。
それは、あまりに小さくて
智久には届かなかった。

「何?汐さん」

私は眼を閉じて、ゆっくり首を振った。

3年振りの智久の
「いつまでも一緒にいよう」が胸を刺した。
昔とはその響きも、重みも
私には全く別ものだった。

2人でいる理由なんて、きっと
ちっぽけなこと。

思いをめぐらす時間が、きっと
今の私たちには必要なんだ。

智久の頬に添えた指に、涙がまた伝わる。
人差し指から順番に、中指から薬指
そして小指にすべり落ちた。

智久が当たり前のように抱きしめる。
少しの間だけ、短いキスを繰り返した。

月と星の明かりだけが差し込む部屋。
夜の匂いが優しく満ちる。

「旦那さん、呼んでくるよ」

椅子から立ち上がった智久は、もう
私の方を振り返ることは無かった。

それが、智久に会った最後の瞬間だった。




一ヶ月後。
私は退院した足で、雅治に付き添ってもらい
智久と過ごしたあの部屋に向かった。

同じ風景のはずの玄関は妙によそよそしく
鍵穴に入るはずの鍵が途中で引っかかる。

部屋の中に、人の気配も物の気配も無いことが
なんとなく感じられた。

「山下くん、この部屋引き払ったらしいよ」
管理人室から戻った雅治が言った。

「やっぱり。そんな気がした」

「汐里、どうするんだ?」
「雅治さん。私、ここを借りたい。
 ここで暮らしたい」

「本気なのか?」
「お願い。もう、迷惑かけない。
 ここで、この子を育てたい」

「彼を待つの?」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
 今は私にも分からない。でも、この部屋にいたいの」





4月9日。
私は、女の子を出産した。
名前は海友(みう)。

部屋のネームプレートには、
「麻生汐里 海友」と新しく手書きした。

雅治とは正式に別れた。
もうすぐ1年半が経とうとしている。

今、私は友人の勤める出版社で
育児雑誌のコラムを書いたり
赤ちゃん連れの旅がテーマの本に携わっている。

それなりに忙しく、それなりに楽しい。



よちよち歩きを始めた海友は
浜辺の散歩が何より好きだ。

仕事が休みの日は、必ず海友とここへ来る。

5月の海は、穏やかな表情をたたえている。
キラキラと輝く波と波の間をいつまでも見つめた。

浜辺に二人で腰を下ろす。
砂遊びに夢中になっていた海友が
急に思い立ったように駆け出した。

海友は砂に何度も足をとられながら、つまづいて転ぶ。
手をついて起き上がって、そしてまたはしゃいで歩く。
ママと何度も手を振って。

何故か波打ち際を怖がって
波の音が聞こえる場所まで辿り着くと
海友はいつもペタンと座り込む。

それでも、やっぱり私のように
波をじっと見つめているのだ。

幼い瞳の行く先は、澄みきった幾層もの「青」。
対岸のない、真っ直ぐに広がる「青」。

波を見つめる海友と
海友を見つめる私。

彼女越しに見る景色はいつだって
時を忘れそうに美しい。

胸が締め付けられる。
いつも、この瞬間が哀しい。




海友の小さなまあるい背中が
人影に隠れた。

色落ちしたジーンズに黒いシャツの腕が
愛おしそうに海友を抱き上げる。

彼女のおでこに軽くキスをした。

抱き上げた人影の
前髪のかかるサングラスを
海友が笑いながら外した。

声が重なる。
海友と、その後にくぐもる優しい低い音。

水面に微かに反射するように
私の心が静かに震える。

涙で、見えない。
今は、その影が涙で見えない。

降り注ぐ太陽の眩しさを手で遮ると
2人の笑い声が
私を呼ぶ声に変わった。



「ママ」


「汐さん」











LOVE SONGのひと 完

妄想ステキ劇場 | comments(25) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 18話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」「13話」「14話」「15話」
     「16話」「17話」




「汐里。ほら、見てみろ」
寝室から、大きなダンボールを雅治が運んで来た。

長崎の両親からだった。

箱いっぱいに、ベビー用品だの玩具だの。
哺乳瓶からスタイ、アフガンや爪切りまで。
隙間にガーゼ素材のタオルが詰められている。

男女どちらが生まれてもいいように
白地のシンプルな肌着もたくさん入っていた。

真っ白な合わせリボンに、驚くほど小さな身ごろ。
手に取ると、その素材の柔らかさに
なんだか救われるような気持ちになった。

「可愛い」
「ああ、そうだろう。
 早く見せたかったんだ」

「赤ちゃん、女の子だったよ」
「え?ホントか」

どうしてここに戻って来たのか
雅治は何も訊こうとしなかった。

髪はまだ長いままだったが、無精髭は無くなって
頬が少し火照っている感じがした。

思ったより片付いた部屋の隅に
新聞だけが無造作に積み上げられている。

「何か飲むか?」
「ううん、今はいいわ」

「ちょっと、横になって休んでもいい?」
「ああ」

バッグを持って、寝室に向かった。
ベッドの上に着替えを広げたが、そのままごろんと横になった。

天井の灯りの代わりに、カーテンから仄かに夕陽が差し込む。
細い細い光りが、私の胸を貫くように伸びていた。

目を閉じた。

眠りたい。

今は何も感じずに、何も受けとめずに
眠りたい。





聞き慣れない着信音で、目が覚めた。
取り出して広げた服の中から聞こえる。

慌てて探り当てた携帯を手に取ると
私は通話ボタンを思わず押してしまった。

あの部屋から持ち帰った、智久の携帯だった。

ベッドに横になったまま
携帯を耳に当てる。

誰?
智久?

胸が引き裂かれそうに痛い。
声を出したくても、上手く音にならない。

智久ならば
まず何を言えばいい?

外はすっかり夜の空間に姿を変えていた。
暗い部屋の中で、携帯のライトだけが
満ちるように四方に広がっている。

持ち替えた時に、壁を染めた光りの影が
一度だけ激しく揺れた。

無言のまま、私は相手の声が届くのを待った。

「     …です      」

肘を付いてから
ゆっくりゆっくり起き上がった。

今、私が聞いた声の主に会う為に。



何が起きているのか。
手を伸ばして誰かを揺り起こし、叫びたい気持ちだった。

何か私に足りなかったものが物凄い速度で
呑み込むように覆い被さっていく。
そんな不思議な感じもした。


「もしもし、山下くん?福山です」

紛れも無い、雅治の声だった。

「もしもし。 汐里、ここへ戻って来たよ」

寝室のドアを開けて、リビングへ向かって歩く。
震える。
両手も両足も震えている。

背中の雅治は、やはり携帯に喋り続けていた。
「もしもし、山下くん?聞こえてる?」

大きく深呼吸をして言った。

「雅治さん」

思ってもみない返事に慌て驚き、振り向いた雅治が
ソファーから立ち上がる。

私たちは、携帯を耳から外した。

「どうして? 何故、あなたが智久に電話をしてるの?」




「汐里、落ち着いて」
「落ち着いてる。大丈夫だよ。驚いただけ」

ぼんやりと雅治を見つめる。
眉間を親指と人差し指で何度も触りながら
雅治が溜め息をついた。

「幾ら探しても、汐里が見つからなくて途方に暮れたよ。
 大学にも休みを貰って探したけど、どうしても分からなくてね。
 そしたら、つい先日、山下くんから連絡を貰ったんだ。
 最初は大学に電話をしたらしい」
 
「彼に1度だけ、会ったんだよ」

とにかく座るようにと、雅治に促された。
震えが止まらない。
身体の関節を筋肉を
どう動かしていいのかさえ分からなくなりそうだった。

「2人の部屋の場所は、彼が教えてくれたんだ」
「嘘よ」
「嘘じゃないんだ。君を迎えに来て欲しいって言われたんだ」

いったい、何が起きていたの?
心が深くよろめく。
私は、何を紐解けばいいの?

「君が決めることだからって、最後は2人でそんな話しをしたんだ」
「私が決める?」
「そうだ。汐里が選べばいいって。
 僕は、無理矢理に連れ戻すことはできなかった」

「昨夜も、電話を貰ったよ」
「何て?」
「多分、今日、汐里がここに戻るだろうって」

「そうよ。だって、彼が言ったのよ。
 戻れって。ここに戻った方がいいって」
「でも、君が決めたんだろう」
「違う、違う」

涙がとまらない。
私は多分、叫んでいる。
「違う」と叫んでいる。

「山下くんが言ってたよ。
 夜中に必ず目が覚めるんだって。
 そしたら、君の涙の跡を毎晩見つけるって。
 枕や袖が濡れてるって」

「違う、違う」
それしか、言葉にできなかった。
しゃくりあげながらだが、そう雅治に聞こえてるはずだ。

「じゃあどうしてここに居るんだ、汐里!」
両肩を掴まれた。
やめてと、顔を手で覆った。

「触らないで、お願い」

「聞くんだ、汐里。
 山下くんといても、昔のままだっただろう?
 君は普通の女性として、幸せになりたかったんじゃないのか?
 結婚はおろか、子どもの父親になんて
 彼がなれるはずがないだろう?」

「智久が、そう言ったの?」

「子どもの父親になりたいって、言ってたよ。できることなら。
 でも、できない。
 だから、僕に連絡して来たんだよ」

「“思いだけじゃどうにもならない”って言ってたよ。
 山下くんだって、分かってるんだよ。
 自分の立場も、子どもがどうしたら幸せになれるかも」

指から、さらさらと
すくいあげた砂が抜け落ちていくように
私の中から、音も色も無く
何かが溢れて落ちていく。

多分、それは
今までぎりぎり抱きしめていた
私の小さなプライド。

溢れ落ちた後はもう
幼い少女のように
聞き分けのないワガママを言う事しかできなくなった。

「お願い、智久に会わせて。
 もう一度、会わせて」

「あの部屋に、もどりたい。
 あの部屋へ連れて行って」


私は気を失った。



ねえ、智久。

私たちの恋愛は、やはり
流れるだけの
途切れの無いグレーの雲の波だった。

鈍色(にびいろ)のグラデーションを重ねる
哀しいくらいに美しい雲の波。

今日の空には雲がなかったよ。
「青」く透き通る空には、雲はなかったよ。

智久。




妄想ステキ劇場 | comments(10) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 17話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」「13話」「14話」「15話」
     「16話」



この部屋を出て行くのに、自分の荷物の少なさに驚く。

ここに来てから増えたものは
CDが棚に2枚。
文庫本が7冊。
智久が読んでくれた絵本が3冊。

洗面所に小さな瓶の化粧水。
使い捨てのコンタクトレンズ。
ピアスをハンキングするガラスのツリー。

「私が消えてできる空間なんて、たかがしれてる」

ガラスのツリーに掛かった智久の指輪だけを
吊り戸棚の中に置いた。

閉じた扉の鏡に私が映る。
この部屋を出ていこうとしている私。

ーコドモハ、ホントウノパパトクラシタホウガイイ

本当に?
それで誰もが幸せになれる?
でも、そうかもしれない。
智久が言うなら。
きっと、きっと。それは彼の等身大の想い。

溜め息が出る。

もう、私には
ここにいる勇気も力も残っていない。

あなたと一緒にいたい。
それ以外の理由が、どうしても見つからない。

鏡の真ん中にいるのは
迷いあぐね、その方法さえ忘れそうな
ただ髪を触る私だった。

蛇口を捻り、流れ出る水をしばらく見つめた。

冷たい水をすくい、顔を洗う。
跳ねた水しぶきが胸元を濡らし
頬からも雫となって滴り落ちる。

探すタオルの下に、
智久の携帯が転がっていた。

黒い携帯。

智久は仕事用とプライベート用と
2台を使い分けていた。
多分、これはプライベートの携帯。

暫くもどらないと言っていたのを思い出した。

後で、宅配便にしてホテルに送っておこう。

私は、荷物の中に
智久の携帯も忍ばせた。



台所で牛乳を温め、ココアを入れた。
とりあえず、テレビをつける。
ボリュームは上げない。

細切れの風景や人の顔、見慣れないCM。
朝刊の囲み記事にラインが引かれ
画面いっぱいに誌面の文字が踊る。

スポーツニュースが終わると、
新しく始まるドラマの紹介で
智久が現れた。

テロップにも、大きく“山下智久”の文字。

ああ。なんて、穏やかに笑うんだろう。
いつのまにか身につけた自信が
包み込むような笑顔になって
こちらに発信されているのが分かる。

湯気の上がるカップから、ココアを口に含む。
ホロ苦い甘さが広がった。
哀しみで欠けていく身体の一部を
埋めていくような甘さだった。

瞬きをゆっくりとする智久が、また笑う。
これが私たちのベストの選択なんだと
言い聞かせるには充分な笑顔だった。

「私、出て行った方がいい?」
「ああ、その方がいい」

きっと、間違ってはいない。

私は、智久をこれからも
こうやって見つめていられる。だからいい。

もう、いい。
もう、力が残っていない。





お昼近くになると、
朝の突風が嘘のようにおさまっていた。
雲をすっかり連れて行かれた空が、淋しいくらい「青」かった。
こんなに素顔の「青」い空は、今日まで東京で見たことがない。

あっという間に東に消えようとする飛行機が
左翼も右翼もライトを激しく点滅していた。

明るい空に残す足跡もなく、誰にも気付かれず。
放たれる白いライトでは
空の淋しさは埋められそうにない。


私は全ての荷物を詰め込んだ
大きなトートバッグを持ったまま産院の前にいた。

「麻生さん。お子さんは、多分女の子だね」
エコーを見ながら、院長先生が言った。
「お大事に」と受付で言われた。

幸せな妊婦は、産院の玄関から出た途端
魔法が解けたように
どこへ帰っていいのか分からず
ただ佇んでいるしかなかった。

「赤ちゃんはやっぱり女の子だったよ、智久」
決して届かない囁き。

やっと、涙が溢れて来た。

繰り返し同じ筋を辿るように、涙は流れ落ちた。
目を閉じても、やはり同じ道筋を
溢れた雫は辿っていた。

声が漏れそうになる。

智久との二度目の別れがこんなに苦しい事だったと
今、初めて気がついた。

どうして。

どうして。

どうして、今
私はここで一人で泣いているのだろう。






チャイムを鳴らす。

ドアが開くと同時に、雅治に抱きしめられた。

驚いたよと言いながら
髪を何度も撫でながら

「汐里」
「おかえり、汐里」

雅治の声が遠くで響く。

「汐さん」

智久の甘えた声が、響く。
まだ、こんなに近くの耳元で。




妄想ステキ劇場 | comments(8) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 15話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」「13話」「14話」



「汐里の前に現れるつもりは無かったんだ」

たった10段ほどの階段の横に
長いスロープが備え付けられている。
そのゆるやかな坂の方を選んで歩き、雅治が言った。

「今日、汐里が住んでる部屋…そこに行ってみたら
 ちょうど出掛ける所だった」
「そう」
「ごめんな。あとをつけたりして」

情けない声と溜め息と。
雅治は、無造作に頭をかきあげた。

「よく分かったね。随分、捜したでしょ」
「ああ」

「手紙読んだ?」
「読んだ。だから、捜した」

板を何枚か張り合わせ
滑らかなカーブをS字に描く木製のベンチに
2人で腰を降ろした。
寒くないか、というような会話の後に
雅治が言った。

「彼は、子どもの父親になるつもりなのか?」
「現実には無理だと思う」
微笑みながら、私は首を振った。

「どうするんだ。驚いたよ。
 相手が、あんな有名人なんて…」
「どうもしないよ。どうもしない」

自分に言い聞かせるように、繰り返した。
そう、どうもしないし
どうにもならない。

「雅治さん、今日大学は?」
「ああ、暫く休んでるんだ。
 心配する事はないよ。ちゃんと教授の許可は得てるから」

「痩せたよね」
「そうか?」
「髪も伸びた」
「はは。そっかあ?」
「髭も」

顎を隠すように触りながら笑った。
笑顔が以前より淋しかった。

「子どもを産むって、手紙に書いてただろう?
 もう、何も考えられなくなってね」

「一目でいいから、汐里に会いたかった」

目の前のこの人は、本当に私と結婚した
あの雅治なのだろうか?
ひと回りもふた回りも小さく見える。
今にも泣き出しそうに瞳を震わせている。

いつも自信にあふれていて、
自分の考えを堂々と言う。
決しておしつけがましい訳ではなく
必ず人を優しくさせて。

学生たちに囲まれる照れた笑顔。
私を見つけると、右手を軽く挙げて合図した。
「そこで待ってろ」と。

あの雅治はどこにも居ない。

「私なら、平気だから。
 赤ちゃんも元気に育ってるのよ」

お腹を少しさすってみせた。
赤ん坊は、月齢にしては小さめだと
検診で言われていることは伝えなかった。

「動いたりするの?」
「まだ、よく分からないの。
 よじって流れるような感覚はあるんだけど、
 蹴られてるって感じじゃない」
「これからなのかな?」
「そうね。もっともっとお腹も大きくなるらしいわ。
 臨月に入るとね、もみじのような手が
 浮き出たりするって」

「彼は、何て言ってるの?」
話しがまた、振り出しにもどった。

「何が?」
「今の状態で、本当にいいのか?汐里」

いいも悪いもないのよ、と言いたかったが
無言で頷いた。

雅治は、もうそれ以上何も訊かなかった。
「何かあったら、連絡しろ」とだけ。
私の背中をポンと叩きながら立ち上がった。

「あれから、ずっとホテルにいるの?」
「ああ。でも汐里の顔見たら
 やっとあのマンションに戻る気になったよ」

雅治がしまったという顔をした。
「俺、ホテルの連絡先を書いたメモを
 部屋のポストに入れたんだよ」
「そう」
「会わないで、帰るから…みたいな内容で。
 もう、必要ないな」
「わかった」

先を歩く雅治の背中を見つめる。

手を伸ばせば、そっとそれに触れさえすれば
彼の時間はまた生き生きと動き出すのだろう。
私の掌で、あたたかい温度が広がって
彼を楽にしてあげられるんだろう。

「雅治さん」
「ん?」

「これからは、ちゃんと連絡するから。
 赤ちゃんのことも、私たちのことも」

「うん、そうしてくれ」

色を脱いだ地面の芝に、カサカサと音を立てる落ち葉たち。
乾いた空気に染み広がるように伸びる、私と雅治の影。

「マンションの部屋の掃除とか、時々行ってやるわ」
「大丈夫」
懐かしい“大丈夫”。
ホントは欲しいのに、遠慮しているように聞こえる“大丈夫”。

虫食いだらけの枯れた葉が、
くるくると風に舞いながら足元に届く。

「俺のことは気にするな」
見上げる勇気は無かったけれど、
雅治はきっと笑っている。淋しそうに。

「やっぱり寒いね」
「ああ、風邪ひくなよ」




部屋に戻ると、智久が先に仕事から戻っていた。

「汐さん、車どうしたの?」

ショッピングセンターで貧血をおこした事と
タクシーで帰って来た事だけを伝えた。

「病院行かなくていいの?」
「うん。ホントにもう平気よ」
「マジ、気をつけて」

薄いベージュのダウンを脱ぐと、私はベッドに横になった。
なんだか、すごく疲れてしまった。

「そのまま寝てていいから。顔だけこっち向けて」

見慣れない古い小型カメラを持って
智久が寝室に現れた。

「それ、どうしたの?」
「今日の撮影の小道具。
 気に入ったから、頼み込んで譲ってもらった」
「随分年代ものじゃない?」
「旧ソ連製だって」

片目を閉じて、智久がレンズを覗く。
笑ってと言う。

「智久、昔からカメラ好きだったもんね」
「ほら。汐さん、動かないで」

起き上がろうとするのを、左手の動きで止められた。

「いやだよ、髪とかボサボサだし。
 智久、やめて」
「大丈夫。フィルム入ってないから」

そう言ってシャッターを押すと、
アナログの軋んだ音がした。

「こっち見て、汐さん」
智久が言う。

私はゆっくり身体を起こして、髪を片側にまとめた。
あらためて作る笑顔は、ぎこちないに違いない。

「ほら。笑って、汐さん」

フィルムが入ってないカメラに向かって
私は多分、上手に笑えてなどいない。
それでも、智久は繰り返しシャッターを切った。

「今日、誰かと一緒だった?」
「ううん、一人だよ」

智久がカーテンを開けて、部屋の明かりを絞った。

「汐さん、窓際のダウンライトの下に座って」
「いいよ」

フローリングの一部だけ、
タンポポや菜の花が咲いたように
黄色に染まる場所の真ん中に座った。

シャッターの音だけが部屋に響く。
私はもう笑っていない。

カーテンの布が大きくうねるように
端に寄せられている。
窓は真っ白に曇って、月も星も見えない。


「汐さん。また、ここ出て行くの?」


智久がジーンズの後ろポケットから
二つ折りにした封筒を取り出して
ポンと私の膝の上に投げた。

宛名のない「青」色の封筒は
雅治の勤める大学と学部が印刷されていた。
封をした跡もなく、中に1枚
メモらしきものが入っていた。

智久は表情を作らず
シャッターを切り続けていた。







妄想ステキ劇場 | comments(8) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 14話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」「13話」



早朝、地方に仕事へ出掛けた智久が
夜の9時過ぎには部屋にいた。

「不思議よね」
「何が?」

12月だというのに、
智久は部屋の中を半袖のTシャツで過ごす。

「だって、あんな遠い場所にお昼間はいたんでしょう?
 でも、今はここに居る」
「ああ」
「なんだか、一日の時間の流れ方が
 私と智久では違ってる」
「時間の流れ方?」
「そう。智久は私の倍くらいのスピードで生きてる感じ。
 私はね、とてもゆっくりなの」

「いいじゃん、それ。 “ゆっくり”って」

大きなバッグの底をゴソゴソし始めた智久が
一枚のCDを取り出す。

「何それ?」

ステレオからニルヴァーナのCDを丁寧に抜き出す。
カチっと音を鳴らしてケースに戻すと、無造作にスピーカーの上に置いた。

「新曲のデモ」
「え!聴きたい!」
「珍しくない? 汐さん、いつも俺の仕事興味なさそうじゃん」

「いつ発売なの?聴かせて」
「ダメ」
照れながら「青」いCDケースを、智久が両手で隠した。

ステレオの横のキャビネットには
出会った日に智久が使っていた大きめのヘッドフォンが置いてある。

智久の指は迷いながら
小さな箱に仕舞ってあった白いイヤフォンを取り出した。

細い紐の絡まりに眉をひそめる。
でも、嬉しそうに PHONES のコネクターに繋ぐ。

両耳から漏れる音さえも愛しむように
軽くリズムをとりながら床に座った。

「ずるい」
暫く、はりつくような視線を背中に送っていると
智久が右側の耳からイヤフォンを外して、ほらと渡してきた。

「サラッと聴いてね。サラッと」
智久が左耳。私が右耳。
途中で枝分かれする白いコードで繋がったまま
私は智久の肩に触れるか触れないかの所に座った。
膝が当たる。

右耳に聴こえるのは、少しメロウだけど乾いた感じの音。
恋人に甘える大人っぽい歌詞。
囁くように智久が唄う。
「Smells」という単語が、印象的だった。



大きなショッピングセンターの駐車場は
まるで巨大な迷路のように感じる。
アルファベットと数字で仕切られた枠の中に、次々と入れ替わる車。
低いコンクリートの天井に、安っぽい蛍光灯が並ぶ。

牛乳とシリアルと、お風呂の洗剤。
B5サイズのノートとMONOの消しゴム。
左右のバランスがとれるように荷物を下げて、私は車を探した。

流すようにスピードを緩める車の隙間をぬって
自分の記憶の中の風景を辿る。

確か、このブロックに止めたはず。

車が見つからない。
階を間違えたのだろうか。4F?5F?

店内入り口のエスカレーターを挟んで
東西と南北、それぞれ対面に
該当するブロックも探したが無駄だった。

あるはずの車が見つからないとは
なんて心細いことだろう。

まるで、この世にひとりぼっちになってしまったよう。
お腹に子どものいることが
いっそう私を心もとない気持ちにさせた。

ふと、

白やシルバーや水色や黒の、艶のあるボンネットの
その、命のない大きな塊が私を襲ってくるような
とても恐ろしい感覚が足下からじわじわと登って来た。

何?この感じ?

足が動かない。
耳が聴こえない。

両手の荷物をドサリと落とした。
汗が吹き出る。
目の前がぐにゃりと歪んで、真っ暗になった。

立っていられない。
心臓の音だけが耳の奥に響く。
目を閉じると、車の影のようなものが
何度もフラッシュをたかれるように
光りと闇のシルエットを繰り返した。

怖い。怖い。 助けて。
誰か助けて。


気を失いかけた時、どこからか
「汐里」と呼ぶ声がした。

「待ってろ」
優しく肩を抱いて、私を座らせると
どこかに走り去る足だけが見えた。

誰?


「お客さん、大丈夫ですか?」
2人の警備員が視界に飛び込んで来た。

「今、救急車呼びますから」
無線機のようなものを取り出して、白髪まじりの警備員が言った。

「いえ、平気です」
どの位気を失っていたのだろう。
額を触ると、べったりと汗が滲んでいた。

「病院で見て貰った方がいいですよ。立てますか?」
「車が見つからなくて、慌てたんです。 ただの貧血だと思います」
「事務所で休んで行かれます?」
「いえ、本当にすみませんでした」
「お車の車種とナンバーを。
 タクシーを呼びますので、お車は置いて帰られるといい」

「あの、誰が警備員さんに連絡を?」
「ああ、30代の男性でしたよ。
 ええっと、どこに行ったんだ?あの人?」

もしかしてと頭を過る名前を
私はすぐに打ち消した。


職員通用口の前に呼んで貰ったタクシーに乗り込む。
「お願いします」
後部座席のドアが静かに動いて、閉じた。

付き添ってくれた警備員に頭を下げた。
運転手がウインカーを出し
おもむろにタクシーが動き出そうとした、その瞬間だった。

タクシーを強引に止める人影。
運転手に軽く会釈をすると、
後部座席の窓を開けてとジェスチャーした。

雅治だった。

最後にマンションで会った時より
確実にげっそりと頬がこけていた。
無精髭のままでいる姿を初めて見た。

「汐里。大丈夫なのか?」

少し色素の薄い瞳だけが、私の知っている雅治に見えた。

伸びたままの髪。
しわだらけのシャツ。

「もう、平気なのか?」



雅治の時は、止まったままだと思った。

ゆっくり流れる時間と
駆け足で巡る時間と
止まったままの時間。

三人の時の流れは、細い絹糸で操られている。

弾力があって、キラキラと光る糸は
どこかで枝分かれでもしてるのだろうか?

もともとは
一つのものだったのだろうか?




妄想ステキ劇場 | comments(6) | 花乃(かの)
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