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Posted by 花乃(かの)
          
         
        
        
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LOVE SONGのひと 13話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」「12話」




その日は、些細な喧嘩をした。

原因は多分、あまりにもくだらない事だったのだろう。
私も智久も途中からはすっかり
何に腹を立てているのか忘れてしまった。
(お笑い番組を観るとか観ないとか…???)

「汐さん、偉そうに言うのやめようよ」
「智久も偉そうだよ」

本当に他愛もない口喧嘩。

ぷいと横を向いた顔が、まるで子供みたいで
吹き出してしまいそうになる。

しばらくの言い合いが終わると、
こういう時は
いつもお互い口をきかなくなる。

「汐さん、腹減った」

そして夕方になると、智久が何事もなかったかのように
私の読みかけの本を上からひょいと取り上げる。

「うん。シチューできてるよ。温めるね」
「おお、シチュー? ねえ、肉、いっぱい入れて」

薄く膜の貼った表面を、ゆっくりかき混ぜると
とろみの下からニンジンやジャガイモが顔を出す。
やがて、鍋の外周から湯気が小さな気泡に変わり
部屋中が甘い匂いで満ちる。

お皿の端を綺麗に拭って
テーブルに並べる。

大きなスプーンを二つ、サラダ用にフォークを二つ。

智久はあっという間におかわりと言う。
私はトマトを口に放り込んでから、
空いたお皿を持って席を立った。

台所の窓が
外気との温度差ですっかり曇っている。

指で斜めに線を描く。
「私はここにいる」という印のように。

描いた線の途中から、涙のような雫が垂れていく。
指先に氷のような冷たさが伝わった。

12月の二人。

この部屋の鍵を開けて、3ヶ月になろうとしていた。



お天気のいい日は、よく海に行った。

浜辺に人が多いと、車の中から海を眺める。
カーラヂオのチューナーは「87.9MHz」。
智久のiPodから、ランダムに色々なアーティストの曲が流れる。

「待ってて」

どうしても、波を感じたい智久が
夕陽の伸びる砂浜まで駆け出した。

何かを拾ったり、誰かが書いた落書きを眺めたり。
砂を蹴り上げたり、こちらを見て手を振ったり。

すぐ側に、散歩に来たコリーが近づいて来た。
智久はすぐに気がつき、犬の目線まで降りて腕を広げた。

色落ちしたジーンズの膝が砂に埋まる。
白い弧を描く波が、何層も打ちよせては引いて行く。

一枚の絵のような、映画やドラマのワンシーンのような。
智久の周りだけ、やはり空気の色が変わる。

私は、そんな風景を見るのも嫌いじゃない。

「やっぱ、さみーーー」と言いながら、
運転席のドアを開けて
智久が戻ってきた。

ジャケットの襟元をきつく合わせるようにして
鼻をすすりながら、ぶるっと身ぶるいをした。



「智久が、ゲーノージンでよかったこと」
「ん?何?」

「離ればなれになっても、テレビや雑誌でずっと見れるでしょ。
 普通はどんな風に年を重ねてるかなんて、なかなか分からないもん」
「なんだよ、それ」

「今ね、浜辺を歩く智久を見て思ったの。やっぱり普通の人と違う。
 なんだろう?佇まいにオーラがあるって言うのかな?」
「はー?」

「うん。違うよ。やっぱり智久は」
「んーー。それって褒めてんの?」
「そう。褒めてるの」
「汐さんに褒められると嬉しい。もっと褒めて」

少し間をおいて答える。
「智久の笑顔は、たくさんの人を幸せにしてる。
 とっても多くの人がときめいたり、癒されたりしてる」
「うん」
「智久の声は…ああ、駄目。普通の事しか言ってあげられない」
「いいの、いいの。汐さんの言葉で聞きたい」

「ねえ。照れないの?」
「全然!」

ー私が照れちゃうよ。と心で呟くと
「汐さんが照れてる」と智久が笑って言う。

ー大好きよ。が言葉にならないでいると
「汐さん、俺の事大好きっしょ?」と訊く。

ーだから、離ればなれ なんかなりたくない。
「だから、離ればなれ なんて言わないでよ」

返事が溜め息になる。
哀しいメロディの曲のボリュームを、智久が絞った。


「そう言えば…汐さんと初めて会った時」
「ん?何?」

「俺、 “あなた、ゲーノージンになったら?” って言われたよね」
智久が笑う。
「すげえ、驚いたよ。変わったヒトだなって」

昼下がりの公園で、偶然出会った日を思い出した。

そう、あの日。
ベンチから現れた少年は、私を一度見据えた後
また、ヘッドフォンの音の世界へ戻った。

私はどうしても、そこから動けなかった。
視線さえも。

私は、どうしてこの子を見ているんだろう
どこかで見かけたことがある?
昔の知り合い?

理由を思い巡らすより先に、激しく打つ鼓動に驚く。
心って本当に震えるんだと思った。

戸惑うことしかできなかった。

やがて、無防備に目を閉じた彼は
何かを口ずさむように唇を動かし始めた。
おそらく、ヘッドフォンから聴こえてくる曲だろう。

微かに、微かに。でも確かに動く口元。

不思議なことが起きていると思った。
その口元の動きは、私にある曲を気付かせたのだ。
その歌詞もリズムも、彼に合わせて同調できる。
間違いない。

それは、私の大好きな曲だった。
一人になると、必ず聴きたくなる。
自分にゴールなんて作らなくていい、と言う歌詞が気に入っていた。

開けっ放しの公園の裏門。
ひどく眩しく感じる昼間の空。

踏みつぶしたスニーカーの踵を直しながら、彼はまた私を睨んだ。

きっとその時に、幾つかの繋がった単語が
「あなた ゲーノージンに なったら?」だっと思う。

あの時も、智久は堪えきれずに笑い出していた。
くくっと漏らすと、一度後ろを向いて
「それ、マジ?」とだけ言った。


「あの時、ホント驚いた。汐さん、真剣だったし」
「もう」
「だってさ」

あの時、世間で話題のドラマなんて見る暇も機会も無かった。
山下智久って名前だけは、かろうじて知っていたくらいだ。

「スーツ着てさ、書類いっぱい抱えてて。
 じっと俺のこと見て、何言い出すかと思ったら」

「あ!あの時、俺が聴いてた曲当てたよね。
 それも、すげえ驚いた」

「やっぱ、汐さん、あり得ねえよ」

智久がまた笑う。嬉しそうに笑う。



砂浜をぐるっと囲う国道の
等間隔に立つ街頭が、いっせいに灯りを点した。

今までの遠近感が一瞬で変わる。

静かにさざめきながら、海の色が移り行く。
智久の笑顔も呑み込んでいく。

あの日、二人が出会ったあの日。
きっと、もう私は智久に恋をしていた。



夕陽を浴びた黄金色から、海本来の深い「青」に変わる景色を
二人でじっと見つめた。

海に堕ちる陰は、辺りを闇に誘う。
やがて、フロントガラスの内側に私と智久が映る。

もし、叶うなら。
願いが叶うなら。

ずっと、このままでいたい。
ずっと、呼び続けたい。
「智久」って小さく届けたい。

こんな気持ちを見つける度に、
今まで大人のつもりでいた自分が可笑しかった。


12月の木曜日が夜を告げる。

時間はまだあると
ずっと、名前を呼び続ける声が届くと

無邪気に
無邪気に信じていた木曜日。

12月の木曜日。



妄想ステキ劇場 | comments(6) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 12話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」「11話」




窓の外で踊っている、霧を吹いたような細かい雨。

それは、わずかの風で舞い上がり
どこからか光りを集めて、控えめにきらめく。

手を伸ばせば、まとわりつくようにじんわりと
滲むように濡れていく。

そんな雨が降る毎に、少しずつあたりが秋めいてきた。



めずらしく仕事が早く終わったと
昼過ぎから智久が部屋にいる。

お腹にいる赤ちゃんはもう耳が聴こえてる頃だと
知り合いのスタイリストさんから教えて貰ったらしく
智久は絵本を買ってきた。

『どんなにきみがすきだかあててごらん』  
…2匹のうさぎの話し。

   「ちいさなウサギは、おおきなウサギにきいてみたくなった」
   「どんなに、きみがすきだかあててごらん」
   「そんなこと、わからないよ」

智久の優しい語り口でページがめくられる。
ゆっくり。
ゆっくり。

「おい。聞いてるのか?」

時々、そんな言葉を差し入れながら。
時々、あくびもしながら。

私のお腹は、明らかに妊婦のそれへと変化していて
今日の黒いニットのワンピースでは既に窮屈になっていた。


「あ、もう時間。
 そろそろ、病院に検診に行ってくるから」

「汐さん。俺も行っていい?」
「何言ってるのよ。そんなの無理でしょ」
「いや、行く!」

近くに評判のよい大学病院があるため
私の通っている古い産院は、確かに待合室は閑散としている。
いつもひっそりと消毒液の匂いがしていて
甘い産科の雰囲気もない。

でも、天下のアイドルが行く場所としては
あまりにも不釣り合いだ。
どこで誰が見ているかも分からない。

「いいっしょ。まさか山下智久がいるとは誰も思わねーっしょ」

あなたの子でもないのに。という言葉を呑み込んで
「検診にはいちいち付き添いの必要はないのよ」と小さく答えた。

「いいの、いいの」
何だか楽しそうに鼻歌を唄い
智久は帽子やサングラスを準備し始めた。

靴を履く時に、軽くキスをして。
車のキーをジーンズのポケットに突っ込んだ。




「お願いします」

受付に診察券と母子手帳を出す間
智久は待合室のソファーに無造作に腰を下ろした。

ピンクとグリーンが交互に並ぶ古い合皮張りのソファーには
細かいレース編みのカバーがかかっている。
おそらくもともとは純白のレースだったのが
まだらに生成り色になったのだろう。

柱時計が、歪んだ音で時を刻む。
のんびりと。

奥には、女性が一人。クーファンに赤ちゃんを連れて座っていた。
軽く会釈をして、私も智久の隣に座った。

テーブルの上に置かれた
業者のパンフレットに目を通そうとすると

智久がクーファンの中の赤ん坊に向かって
顔をくしゃくしゃに崩して微笑みかけていた。

「やべぇ。マジかわいい」

まるまると太った頬が真っ赤だ。
輪ゴムを通したようなくびれのある腕や、バタバタと動かす足を
智久はじっと見つめていた。

他の患者が来る気配もなく
私はすぐに診察室に呼ばれた。



「院長先生」と看護婦に呼ばれる初老の女医が
キイイと鳴る椅子からどっこいしょと立ち上がる。

診療台に横たわった私に
「今日は麻生さん、旦那さんと来てるんだって」
と訊いてきた。

「エコー、一緒に見て貰おうか」
「え。あ、あ、はい」

すぐに枕元のスツールに智久が呼ばれて座った。
サングラスを畳みながら、女医に深々と頭を下げる。

「これが顔ですよ。ちょうど、こっち向いてるね」

モノクロの荒い画像に、赤ん坊のシルエットが浮かびあがる。

「うわあお。すげえ。すげえ。」

目を細めながら、智久が何度も叫んでいた。

「来月には、男女どちらかが分かりますよ」
「ええ。マジっすか」

診察室に笑いがこぼれる。

「まあ、男前の旦那さん。
 女の子が生まれたら、べっぴんさんになるねえ」
「ありがとうございます」




その日の夜、自分が眠りにつくまで
智久は何度も絵本をお腹に向かって読み聞かせた。

私が目を閉じる度に
「汐さん、ダメだよ。汐さんが寝ちゃったら赤ちゃんも寝ちゃうじゃん。
 あと4ページくらいだから」
そう言いながら、自分が先に寝てしまったようだ。

私は絵本を手から外して
枕元に置いた。

あらためて智久の横に滑り込むと
無意識に動く右手に背中を抱きしめられた。

ここの所ずっと、智久は眠っていても
私を抱えたまま腕を外そうとしない。

私がどこへも行かないように。
何かから守るように、腕は外れない。


智久の寝息が、おでこにかかる。

あたたかくて優しいこの場所で
私はどうして涙が止まらないのだろう。

智久が眠ったのが分かると
必ず静かに涙がこぼれ落ちた。

嬉しくて泣いているのか、哀しくて泣いているのか
涙の意味は曖昧なまま
毎日心に小さなヒビを入れている気がした。



暗がりの部屋にわずかに差し込む
遠くの半月の明かり。

目覚まし時計と
「青」い表紙の台本らしきもの。

たたんだままのタオルと
重ねた洋楽のCDが数枚。




身体の片側から

たっぷりと水を抱え込んだ流砂の中に

ずぶずぶと沈んでいくような、不思議な感覚に脅えながら

私は今日も眠りに落ちた。







妄想ステキ劇場 | comments(8) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 11話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」
     「8話」「9話」「10話」




雅治さん


大学の方には、退職願いを郵送しておきました。
相談しないで勝手に
本当にごめんなさい。

体調がすぐれないと理由付けしておきましたので
あなたの立場が悪くならない事を願ってます。

研究の方、そろそろ
また新しい臨床試験に入る頃かな?

食事をきちんと摂って
体調など崩さないようにして下さい。

朝食は抜かないように。
“ながら食べ”もしないように。



先日、メールで簡単にお伝えした事ですが
私はマンションを出ました。

先日雅治さんに伝えた
あの人のところに居ます。

もう、どうしようもありませんでした。

気がついたら、タクシーに乗って
高速を走っていました。

自分で行こうと決めました。


あなたは私の事を「汐里」と呼びますが
彼は私を昔から「汐さん」と呼びます。
私より11歳も年下なんです。

特殊な職業についてる人なので(詳しく書けなくてすみません)
この先結婚なんてできないし
多分、ずっと一緒にいることも無理なんだと分かってます。

彼は何も言いませんが
きっと
色んな事を悩んでいます。

私も

彼がどうやったら、私を嫌いになってくれるか
今夜戻って来るまでに、早く出て行かなきゃ
なんて

ここに来てひと月も経つのに
未だに、そんな事ばかり考えてます。

雅治さんは私に
「いかれてるよ」って言ったけど

本当にその通りです。

何やってるんだろうって思います。

不安な要素は、探せばキリがないのに

彼を愛しく想う気持ちが
日に日に蘇って、そして強くなっていって

ここを出て行く勇気が持てません。

今まで生きてきた中で
一番幸せで、一番哀しい…そんな毎日です。

こんな事、雅治さんに伝えるような事じゃないって
分かってます。

でも、あなたには
本当の事を言わなきゃいけない気がするんです。

きっと

だから

私はあなたを選んで結婚したんだと思います。



私は、雅治さんと結婚したとき
普通の幸せな奥さんになれるんだなあって
思いました。

それがどんなにか嬉しかったか
私を救ってくれたか
計り知れない3年間でした。


私はもう
幸せになりたいとは思っていません。

でも、「幸せな子ども」の母親にはなりたいと
思ってます。

だから、安心してね。
この子は大切にします。

本当です。
安心してください。

いつか、きっと
雅治さんにきちんと会わせます。

長崎の優しいご両親に
どうか、くれぐれも宜しくお伝え下さい。


雅治さん

辛いです。
こんな事になって辛いです。

ごめんね。      



汐里








妄想ステキ劇場 | comments(10) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 10話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」「8話」「9話」



少し重いと感じる湿った風が
雲を東へ東へと押し流していた。

雨上がりの空の色は、たくさんのグレーが列をなして
そのグラーデションが美しい。

鈍色(にびいろ)を核にして
藍がかったグレー、潤みを含んだグレー、水晶のようなグレー。

急いで流れて行かなければ
どこか大事な場所へ辿り着けないとでも言いたげに
その姿をどんどんと移り変えて行く。

雲の流れ出てくる方向を、私は見上げた。

どこまでも続く、グレーの波。
鈍色(にびいろ)のグラデーションの途切れがない。

晴れ間は見当たらない。



タクシーは、首都高の2号線を走っていた。

壁面に埋め込まれた白いライトが幾つも連なり
一本の光りの帯のように見える。

握りしめた手の平に、冷たいはずの鍵が
ほんのりとあたたかい温度を感じさせた。

智久が、もう少し今どきの刹那的な男の子だったら。
私が、もう少し物わかりのいい大人だったら。

まだ、迷っている。
答えなんか出やしない。

こうやって、智久がいるあの部屋へ
向かう車の中でも。


とりあえずの着替えを詰め込んだ、タンピコの「青」いトートを
席の少し横にずらしてから、また空を見上げた。

グレーの波が一層その流れを早めながら
霞の切れ目に、色のない透明な部分を作っていた。



タクシーを降りて部屋までの短い距離を
ゆっくりゆっくり歩いた。

とまどいながら。
何度も引き返そうと、心を絞りながら。
それでも、私はここに来てしまった。

つや消し加工のされたドアを
そっと鍵を合わせて開く。

カーテンは閉じられたままだ。

かすかに響くステレオの音。
テーブルの上に、蓋が開いたままのペットボトル。

脱いだままの黒い革ジャケット。
その横に電源を切った携帯が転がっている。

ぐるっと、部屋を見渡すと

リビングのラグの上に、待ちくたびれたように
うつぶせで眠る智久がいた。

そっと近づくと、すうすうと寝息を立てているのが分かる。

左腕の上に右手を重ねるようにして、
そこに頬を埋めていた。

光沢のあるシャツを着た背中が
智久の息づかいを伝えるように
規則的に動いていた。

読みかけのページのまま開かれた雑誌を避けて
智久の横にそっと座る。

無防備な髪の毛を撫でると、
「んん」と苦しそうな声を漏らして
智久は体勢を変え仰向けになった。

「智久」

どんなにか呼びたかった名前を
何日かぶりに声に出した。

もう、それだけで胸が詰まる。

柔らかい部分が切り刻まれて行くようだった。

智久は、右手でゆっくり目を擦りながら
そのまま少しだけ目を開けた。

そして
遅いよと言いた気に、拗ねたような口をした。

何も言わない。何も発しない。

右手で顔を半分隠したまま。
目を少しだけ開いて、また閉じた。

仰向けに横たわる智久の
ちょうど胸の辺りに顔を近づけた。

私の髪がぱらりと垂れる。

智久は動かない。

「ごめんね」

ゆっくりと胸に顔を下ろしながら
私は体重を預けた。

智久が手の平を探るようにして
指を絡めてきた。

ずっと握り締めていた部屋の鍵が
音を立てて床の上に落ちる。





私は智久の鼓動を感じていた。

大切なものをいつくしむように
刻まれる心臓の音。

こんなに心地よく
こんなに深く耳元に響き続ける。

あなたを本当に大切に想うなら
どうするのが一番いい選択なのだろうか?

タクシーの中から、いや
智久に再び出逢った、あの日から。

まだ私の中で薄れないでいる
答えの出ない問いが
智久の鼓動の響きにかき消されていく。



私たちの恋愛は、きっと

あのグレーの雲の波のように
切れ目のないまま
様々な、微妙なグラデーションを重ねながら

どこかへ流れて行ってるだけなのかもしれない。





それから、数ヶ月。

雅治がこの部屋を見つけ出すまで
私は智久と一緒に過ごした。





妄想ステキ劇場 | comments(14) | 花乃(かの)
LOVE SONGのひと 9話
*目次* 「1話」「2話」「3話」「4話」「5話」「6話」「7話」「3.5話」「8話」


 
部屋の灯りを点けなければ、もう仄暗い時間になっていた。

私はテーブルを挟んで
雅治とぽつりぽつりと話しをしていた。

「お腹空いてない?」
「ああ、ちょっと空いたな」
「梨、剥くね」

腰の高さにある冷蔵庫の野菜室を引き出すと、
奥から梨を二つ取り出した。
さっき、雅治が近所のスーパーで買って来たものだった。

大きさと控えめな浅いみどり色からは想像できないほど
一つがずしりと重い。

ざくっと取っ掛かりを作ると、
あとはするするとナイフが梨の表面を撫でるように進む。
染み出る果汁が、支える手から
剥き落ちた皮の上に滴っている。

いつのまにか、キッチンに来た雅治が
慣れた手つきでお皿とフォークを出す。

「コーヒー、おかわりいいかな?」
「うん、わかった」

いつもの土曜日の会話のようだった。
ここを最後に出て行った時の、雅治の険しさは無い。


お風呂の掃除を必ずやってくれるのに
朝は目覚ましを止めて、二度寝する。
トーストは厚切りが好きで、バターとジャムを重ねてつけたりする。
和菓子に目がなかったり、ワインの銘柄にやけに詳しかったり。

そして、いつも背中から抱きしめる。
髪の毛に顔を埋めるようにキスをする。
ちょっと大袈裟に音を立てて。

雅治との生活は
毎日が穏やかな日だまりのようで
ひとつずつ「好き」が増えていくような日々だった。

腕枕をすると、私には少し腕が高いように感じて
すぐに首が痛くなった。

私はいつかそれが馴染んでいくんだろうと
ぼんやり考えて眠りについていた。
私よりいつも暖かい
雅治の手足のぬくもりを感じながら…



コーヒーをテーブルに置いて
雅治が下を向いて言った。

「子ども、産んでよね。それだけ言いたかった」
「雅治さんは産んで欲しいの?」
「当たり前だろう」声が少し大きくなったが、いつもの穏やかな響きだった。

「ここに戻って来るの?」
「それは分からない。うーん。今はとてもそんな気分じゃないよ」

「だってさあ、いきなり奥さんに大衝撃告白されたんだぜ。混乱だってするでしょ」
「うん」

「お前なあ、もう少し器用になれよ。
 もっと嘘をつき続けるべきだったんじゃない?」
「私もそう思う」

「お前、俺の子どもを産めないって言ったんだぜ。ありえないだろう?夫婦で」
「そんな事言われてみな? 落ち込むよ」

雅治の正論は、どうしてだか優しかった。

まるで人ごとのように淡々と
でも私を責め立てるというよりは
包み込むような。
私を心細くしないように、側に歩み寄るように。

「もう少し気持ちの整理ができたら」
一度、コーヒーを喉に流し込んでから
私を見据えて訊いた。

「俺、ここに戻って来てもいいか?」
「私が決めることじゃないよ」

「お前の気持ちは?」

何も言えなかった。

音を発しないステレオの
「青」いオンライトの光り。
ぴたりと閉じられた窓から
秋のひんやりとした冷気が感じられる。

「結婚の話し、3回目にやっと返事くれた時から
 俺のこと嫌いだった訳じゃないよな?」

「お前の気持ちが知りたい」

「汐里は、どうしたい?」

雅治は優しい。
私を許して、受け入れようと懸命だ。

私が否定的な回答を選ばなくてもいいように。
重要な選択を困らないように。

「ありがとう」

それだけ言うのが精一杯だった。


磨りガラスの円いお皿は、縁に細い線が二本ぐるっと伸びていた。
所々その線を隠すように並べられた梨に、雅治がフォークを刺す。

ぎゅっと押し込められたフォークの刺し跡から、瑞々しい果汁が溢れる。
「ほら」
梨を差し出す雅治と、受け取る私。

いつもの土曜日のようだった。





それから二日後、智久から連絡があった。

規則的に震えて
留守番電話に切り替わる携帯をじっと見つめる。

一度目の留守番電話には、疲れた様子で
「あの部屋で待ってるから」とだけ入っていた。

二度目の録音を再生すると
今度はくぐもる声がこう伝えていた。

「お前の気持ちはどうでもいい」

「会いたい。そばにいたい。俺がそうしたい」

「聞いてる? んふふ、ヤバイ、ふつうに照れる」

「ねえ?聞いてる?」
「ねえ?おーい」




私は思わず漏れる泣き声を
手で塞いでいた。

心が痛くて、壊れてしまう。

抑えきれない。

智久に会いたい。


哀しい別れを繰り返す
あの部屋の鍵を、私は握り閉めていた。





妄想ステキ劇場 | comments(3) | 花乃(かの)
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